昭和41年12月21日 夜の御理解



 氏子も喜び、金光大神もの喜びじゃと仰ってます。神様に喜んでいただけ、自分も喜ばれる。同時にそれを取り次ぎくださる、金光大神も共に喜んでくださると言うような、おかげの世界。そういうふうな世界を、目指さなければならん。そういうおかげを、受けていかなければならんと私は思う。

 先ほど、御造営のところの、棟梁の中本さんというのが、若手ですけれどもなかなか、しっかりした仕事をいたします。この人がおらなかったら、あの御造営が出来なかっただろうと思えるくらいに、なかなかその、なんち言うでしょうかね、職人気質の、筋金が、一本しゃーんと通ったっちうな男なんですが。なかなか、その、しっかりしてらして、それでもう、いよいよ、明日が引き上げることになりましたので、挨拶に出てまいりました。その、あっちこっち借金払いやら、(こんきいろのおんせい?)やら、(なんだいやら?)その、(  ?  )払って回って、あっち、こっちがその、まあ呼ばれてから、一杯機嫌でこっちやってきておるんです。でここでまあ、私も好きですから一杯、あげましたんですけれども、その中で丁度、去年の12月の25日に、こちらへ自分が来たと言って、まずは兄さんが、3代続いての大工だそうですね。しかも、5人おりますのに、4人がやはり、ひとかどの棟梁と言われる大工、その一番したに、の人なんです。で一番長男が、こちらへ来ておりましてその、12月の25日までは、棟梁、親方が棟梁でやっとりましたが、後を引き継いで、中本さんが、やってくれたわけなんです。

 丁度だから丸一年になるわけですね。いろいろ、話とりましたが、また一本飲みますもんですから、先生もうあっちこっち皆払っちしまいましたら六万円だったげな、・・?ほんとにあの、金の広大さを感じますね。それこそ毎日毎日一生懸命、それはもう自分の一生懸命また、いろいろお話ありながらですね、1年間一生懸命働いて、六万円、まあ残しましたっち言うてから言うとりましたが。

 確かにこの人は、名人的な仕事をしますですね。けれども先生、私はここでほんとにいろいろ勉強させてもらいましたが、何と言うてもここではですね、日にちを切られなかったことですて。これを何日間で仕上げてくれって言ったようなことがなかったということです。それからね、材料が、もうほんとに、私どもが今までかつて使うたことのないような材料を使わせていただいたということだということです。それから、お金に糸目をかけなかったことです。この大工の仕事だけには。もうこれが、もう、私は私なりに、一生懸命、思う存分の、言うなら、私一生一台の仕事が、一年間の間に出来たということがです、ほんとに有難いと思います、っちいうことも言うておりました。

 もうどんなにこれが、私が例えばもし名人でありましてもですね、これをいくらで、何時間で仕上げてくれ、と言うたら絶対、良い仕事が出来るはずありません。そこをこの、お広前関係だけはですね、もう私が思う存分時間をかけました。思う存分、言うなら、時間を掛け、金を掛けさせていただいたとこういうわけなんです。

 それを聞かせていただきながら私今日思うんですね。なるほどお金を払うことは、中本さん、ようできたばい、ほんとにお世辞じゃない、ほんとに、今の親分ほどに仕事が綺麗に出来ていった。自分も、やっぱりその仕事を見てから、手もみするごとやっぱ悦に入っているように やっぱ仕事が、出来たとこう自分で言うておる。

 そこに私は今日、今申しますように、神も喜び氏子も喜び、金光大神をも喜びぞ、と言ったようなおかげをです、よく申します、信心もね、暇と時間がなからなければ、お金がなからなければ、と言うです、ですから、そういうように、例えば信心の、例えば神も喜び氏子も喜び、金光大神も喜びじゃと仰るようなおかげです、そういう、人間、真実の幸せと言うのは、ここのおかげでなからなければ、私真実のおかげとも幸せともならないのですけれどもです、それに、暇がいるけん、お金がかかるけんの、とこういうぐらいなことでは、私は良い仕事は生まれないと。良い信心は生まれない。良い幸せは受けることは出来ない。もうこのことは、理屈を抜きにしてです、なるほど、中本さんが言うようにですね、いわば思う存分の、時間を掛けたと言うです。その、思う存分の時間をかけるだけではつまらん、ぶらぶらしとっちゃ、ね。どんなになら、例えば、何年間信心しとりますと言うてもです、言うならぐらぐらな、信心でよかろうはずはありませんよ、もちろん。ね、そのことに打ち込めれる為にです、時間がかかる。打ち込む為のお金がかかると。それを、惜しむようなことでは、良い仕事も出来ません、良い信心のおかげを受けることも出来ないといったようなことを、私話しながら感じたんですけれどね、よく申しますこと、そこんところを私超越しなければ、良い仕事は生まれません、と思いますように、よい信心はいただけないと思うですね。どうぞ。